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Author:からこと
『からだにいいこと』は全国の書店で、毎月16日(近畿・東海は15日)に好評発売中!ダイエット・健康の情報をはじめ、編集部が最近気になっていることを気ままにレポートします!
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登米市に「ふくらはぎマッサージ」に行ってきました

こんにちは。山下亮です。
3月末に、2回目の「ふくらはぎマッサージボランティア」に宮城県の登米市に行ってきました。

今回は、『からだにいいこと』とコラボしていて、サロンマイルプレミアムというヘアサロンの会員システムを運営しているイデアシステムの社長郡谷さん、福品さん、根木さんと私の4人で行きました。

29日(金)22時に新宿に集合、そこから車で宮城へ。
運転を変わったり、仮眠をしながら、朝6時すぎに南三陸町に到着。登米市の仮設住宅に行く前に、いらっしゃる方々が住んでいた南三陸町の被災状況を見ます。多くの建物が解体されたり、がれきも移動してほとんど更地になっている街を見て回ります。防災対策庁舎が被災の象徴として残されています。

コンビニで朝食を買って、休憩がてら食べたら、いよいよ、登米町の「登米イオン跡地」にある仮設住宅に向かいます。南三陸町の方が住んでいる仮設住宅としては最大で350戸もあります。

南三陸町から車で40分ぐらい走り、8時半ごろに到着しました。
10時からマッサージを開始するので、少し早めに到着。仮設住宅に入ったら、ほどなく会場の第2集会所が見つかりました。
早速、仮設住宅の半分の自治会長をしている佐藤さんに電話をして、集会所を開けていただきました。

1仮設住宅
<仮設住宅>

2仮設住宅の集会所
<仮設住宅の集会所>

3佐藤さん
<佐藤さんと私>

佐藤さんには、事前にお送りした「ふくらはぎマッサージ」の案内を住んでいるみなさんに配っていただくなどの準備をしていただいていました。
佐藤さんは、前回と同じく、クリスチャンセンター南三陸町の責任者である中澤竜生さんに紹介をしてもらいました。

集会所に入ってみると、カーペットが敷かれた広い会場です。3人が同時にふくらはぎマッサージをするのに十分なスペースがあります。施術するときに下に敷く座布団もたくさんあるし、持ってくるのを忘れたと思っていたBGMを流すラジカセもありました。しかも、6畳ぐらいの和室も隣にあります。

ということで、会場はばっちりです。
9時すぎには、施術場所、待つ場所、受付などの準備をして、佐藤さんの奥様が入れてくださったコーヒーを飲んだりして、仮設住宅での生活の話を聞いたりしながら、どれぐらいの方が来てくださるかなと思いながら、10時までゆっくりしようと思っていました。

そしたら、扉がひらいて、「おはようございます」と、おばあちゃんが入ってきました。9時30分前です。続いて年配の男性の方が。「待ってるから大丈夫よ」とおっしゃっていただきましたが、もう準備はできているし、1人でもたくさんの方にしたいので「もう大丈夫ですよ。早速始めます。」と、おもむろに「ふくらはぎマッサージボランティア」が開始しました。

それから昼過ぎまで、数人が待っていただくような状態が続き、我々4人で3人が順番に施術し、1名が受付をしたり待っている方とお話をするようなシフトで、進めていきます。
年配の方が多いので、自分の祖父母にするようなつもりでやろうということで、お一人お一人に心を込めてマッサージをします。気持ちいいよと言っていただいたり、すっかり寝てしまわれる方もいらっしゃって、それが我々の自信になり、またやる気を高めてくれます。

昼ごろは少し減りましたが、15時ごろからはまた連続で来ていただき、16時すぎに終了しました。
全部で30人(女性19人、男性11人)の方に来て頂きました。

5ふくらはぎ風景2
6ふくらはぎもみ風景1
<ふくらはぎもみ風景>

7おばあちゃんの話を聞く
8元気なおばあちゃん
<おばあちゃんの話を聞く>

9ねぎを持たせる根木さん
<ねぎを持たせる根木さん>

1ヵ月ぐらい前に南三陸町で「ふくらはぎマッサージ」に行こうと決めて、みんなで練習をして、今日まで、「たくさんの人が来てくれるかな?」「マッサージはうまくできるかな?」「どんな話をしたらいいかな?」「震災のことはどこまで話をしていいのかな?」と、不安がいろいろありましたが、満足してもらえたり、気さくにいろんなお話もでき、多くの笑いもあり、充実した時間を過ごすことができました。

70歳代、80歳代の方も多かったのですが、来て頂いた方はお元気な方が多く、我々もこういった年の取り方をしたいと思ったりしました。ただ、来られなかった方にも、お役に立てる方もいたのだろうなとも思いました。

4今回のメンバー
<充実した時間を過ごした4人>

片づけをして、南三陸町に戻ります。仮設商店街さんさん商店街で買い物をして、今日の宿「下道荘」に。
宿では、不安を越えた充実感を感じながら、温かいお風呂にゆっくり入り、たまらなくおいしいビールと、最高の海の幸をいただき、ゆっくりくつろぎました。

10下道荘
<下道荘>

翌朝、朝食を食べて、8時ごろに宿を出て、被災地を見ながら海沿いを南下します。
南三陸町のがれき処理の大きなプラントの横を通り、震災から2年経ってがれきは減っていますが、復興まではまだまだ長い道のりだなと感じながら進みます。

しばらく行くと、多くの生徒と先生が犠牲になった大川小学校につきました。
被災した小学校の前に祭壇が設けられています。花を手向けて手を合わせます。破壊された小学校の教室や廊下、手洗い場などが残されています。勉強したり、遊んだり、走りまわったりする子供たち、そして、授業をしたり、見守る先生たちの残像が見えるようです。

11大川小学校
<大川小学校>

続いて、雄勝町へ。雄勝小学校は建物の構造物だけが残り、中は津波で流されています。1階の職員室の黒板にチョークで書かれた3月11日(金)の日付けがそのまま残っています。

12雄勝小学校
13雄勝小学校職員室
<雄勝小学校>

そして女川町へ。女川の町が一望できる女川町立病院がある高台に行きます。
そこにある仮設のコミュニティカフェ「おちゃっこクラブ」でコーヒーを飲みました。大震災のことを伝える写真集や、女川町を応援するグッズなどがたくさんあります。マスターがいらっしゃって、津波がきたときのことや、津波がひいた後の避難生活のことをお話してくださいました。津波が何度も何度も押し寄せたこと、お年寄りを助けるために車を走らせて津波に流されたタクシーの運転者のこと、津波の後にハエが全身を覆うぐらいに異常発生したことなど、想像を超えることに言葉がありません。

14女川のおちゃっこクラブのマスター
<おちゃっこクラブのマスター>

そのころ、雪が舞ってきました。

石巻を通り、松島へ。松島で少し散歩して、牡蠣カレーパンやイカ焼などを食べたり、おみやげを買ったりして、昼過ぎには東京に向けて出発しました。

大震災から2年、プレハブの仮設住宅は被災地全体で約4万8000戸、賃貸住宅などを借り上げたみなし仮設住宅を合わせると約11万8000戸で、28万人以上が住んでいるようです。
仮設住宅に住む期間は、当初2年の予定が、現在は4年に延長されています。

仮設住宅に住んでいる方々みんなが、自分の家に落ち着けるときまで、そして、大切な人を失ったり、身近な人を助けることができたかもしれないといった、心の痛みが長い時間をかけて癒やされていくまで、大震災はまだまだ続いていると思いました。
また行こうと思います。
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