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第46回青梅マラソンを走りました

こんにちは。山下亮です。

2月19日(日)に青梅マラソンを走ってきました。
青梅マラソンは市民マラソンの先がけともいうべき大会で、30キロと10キロの2つの距離があります。

私は、30キロの部に出場しました。私にとって初めてのレースです。
これから走ってみようと思っている人の参考にもなればと思います。

■走ろうと思ったきっかけ

1年ぐらい前のことです。
『からだにいいこと』で、スポーツ用の肌着を読者モニターに体験してもらう企画がありました。
そのときに、読者モニターをやってくれた藤野さんが、青梅マラソンに出場したことを教えてくださいました。

私は走るだけは退屈だし、きついので続かない、と挑戦したことが無かったのですが、藤野さんから、「私は40歳を過ぎてから始めたが、運動神経がなくてもコツコツやれば誰でも結果がついてくる(これは私が証明します)体が丈夫になる。やせる。」といったメールをいただきました。
最近目立ってきた私のお腹をへこませるには、走るしかないのかなと少しずつその気になってきました。

私が興味を示すと、高橋尚子さんを育てた小出監督の本『マラソンは毎日走っても完走できない』を編集部の私宛に送ってくださいました。
本を読むとなんか自分もできそうな気がしてきます。

そして、距離もマラソンより少し短いし、雰囲気が良さそうということで、青梅マラソンにエントリーすることに決めました。

■青梅マラソンにエントリー

練習は月に1回ぐらいジョギングをする程度で半年が経ち、9月30日のエントリーの日になりました。
ランネットというマラソン大会などにエントリーするホームページで、無事にエントリーができました。
その後は、数日で定員になり締切になっていました。

エントリーをすると、練習しないとという危機感が盛り上がってきます。
まずは30キロを、レースの制限時間の4時間以内に走ることを目標に練習です。

■練習

最初は走り出しても1キロか2キロぐらいで歩いてしまいます。そしてまた走ったり、歩いたりの繰り返しです。
どうも安定して長い距離が走れる感じがしないのです。
走る本や雑誌をいろいろと見たところ、どうやら体が長距離に慣れるまでは「ゆっくり走り続ける」ことが大切なようで、これまでは無理して早いペースになっていたようでした。

それからは意識して、よりゆっくり走るようにしてから、少しずつ長い距離が走れるようになってきました。
走っている間はちょっと退屈だったりもするので、小さなラジオを腕につけてイヤホンで聞きながら走ります。

毎週末に、土曜か日曜に1時間ぐらいを目安に走ります。最初は30分走って30分歩いたりしていたのが、少しずつ連続して走ることができるようになり、11月ごろには続けて10キロを走れるようになり、12月も週末ごとに10~15キロを走りました。
継続して走っていると、体が走ることに慣れるせいか、苦しさが減って、気持ちよく走れるようになってきます。

食べる量を減らさなかったせいか、体重は減らないのですが、明らかに動きは軽くなりました。
サッカーをしても、あきらかに走れるようになっており、スポーツの基本は走りだなと改めて実感します。

■青梅マラソン当日の朝

2月19日(日)寒さが心配だったのですが、晴天で風も無い絶好の天気です。
朝8時前に家を出て、いくつか乗り換えて、青梅線の河辺駅(かべえき)に向かいます。

駅に止まるごとに、ジャージを着たり、ランニングシューズを履いた参加選手たちが乗ってきます。
青梅線の車窓から見える田園風景と、雪をかぶった秩父の山々が美しく、とてもさわやかな気持ちになってきます。
9時前ごろ、いよいよ河辺駅に到着しました。
どっとホームに降ります。ホームの階段、改札、地上に降りる通路と大混雑です。
ちびちびと進みながらも、気持ちが高揚してきます。

1河辺駅
<河辺駅>

駅を出て道路に出ると、ゼッケンと参加賞のTシャツを受け取る河辺小学校に向かう人の列になります。
10分ほど歩くと小学校に到着です。広い校庭にテントがたくさんあり、番号別に別れたテントに行って、ゼッケンを受け取ります。並ぶことなくスムーズに受け取りました。

2小学校
<河辺小学校>

次はゴール地点であり、着替えをしたり荷物を置いておく「青梅市総合体育館」に向かいます。
スタートやゴールの場所に近づくにつれて、食べものやランニンググッズなどの出店がどんどん出てきます。
食べののの店は、応援に来た家族や友人たちが利用するのでしょうね。
また、体育館の横には、スポンサーのお店が集まった仮設商店街のようなところもあり、見て回るだけで結構楽しいです。
うまそうな肉とかもあったのですが、走る前に食べると取り返しがつかないことになるかもと思いがまんです。

4出店コーナー
<出店コーナー>

総合体育館に到着しました。
体育館の中は、通路も体育館も人がいっぱいで、それぞれシートを拡げています。
どこに落ち着いたらいいか分らず、とりあえず通り抜けて周辺を歩きました。
体育館の外にもシートやテントがたくさんあり、着替えたり、荷物を置いたりしています。
体育館裏の道路はアップ場所になりジョギングやストレッチをしていました。また、駐車場には何10台もの仮設トイレがありました。

5ゴール脇総合体育館
<青梅市総合体育館>

6総合体育館横の道後ろにトイレ
<体育館の裏のアップ場所とたくさんの仮設トイレ(写真右)>

ひとしきり周辺を見たころに、私が参加するきっかけを作ってくれた藤野さんからの携帯電話がなり、体育館に到着したとのことでした。

そこで、これまでメールでのやりとりだけだった藤野さんと初めてお目にかかりました。
走りだして数年とのことですが、ランナーとしての風格、はきはきした感じが現役のスポーツ選手という感じがしました。
荷物の置き場所を教えてもらい、カステラをもらったり、話をしたりしつつ、記念写真を撮ったりしました。

7藤野さんと私
<写真ブースで記念写真>

お互いの健闘を祈り、藤野さんは走友会の仲間のところに行き、私も外にストレッチをしに行きました。

■マラソンがスタート

しばらくストレッチをしたところで、11時30分のスタートが近付いてきたので、スタート位置に向かいました。
私のゼッケンナンバーは「10635」なのですが、これはスタート位置が男子の中で10635番目ということなのです。この時にそういうことかと気づきました。
この番号は、自己申告タイムなどで主催者が決めるものです。
前のほうから、並び順の番号を書いたプラカードを見ながら後ろに向かって進んでいきます。
スタート地点からから800メートルぐらいで、見たところ全体の後ろから1~2割という感じです。

8スタート地点に並ぶ
<私のスタート位置>

スタートまで約30分。自分の場所に立って、周りの人を観察しながら待っています。
年配の方、速そうな方、太めの方などいろいろです。走る格好をしたランナーが続々とスタート位置についていきます。

ここでちょっと問題が。実は少し前からトイレに行きたくなっていたのです。2月にしては暖かいとはいえ、走る格好でじっと待っていると、冷えがちなこともあって収まりません。しかし、体育館のトイレまで戻るには時間が無さそう。ということで、スタート時間のころには頭はトイレ一色になりつつありました。

スタート時間になりました。スターターのゲストに、レスリングの吉田沙保里さんの紹介がありました。
それからスタートの号砲が鳴ったと思うのですが、私のところでは聞こえませんでした。
スピーカーからは吉田さんが、みんなにかける「がんばってください」という声が聞こえてきます。
少しして、前の人が進みだし、まずは歩くスピードでゆっくりスタートです。
広い道幅いっぱいに人がいるため、追い越すことはできないので、周りに合わせて歩いたり、軽く走ったりです。

そして、スタート地点が近づいてきたなと思ったとき、ふと左を見ると、仮設トイレが8台ぐらいあるのです。
「おー、神様、こんなに近くにトイレがあるとは」若干ぶつかりながら左に進み、歩道にあがってトイレに行きます。
しかも、3人ぐらいしか並んでいません。

9スタート地点前のトイレ
<トイレ>

これで楽しんで走れます。テンションも上がってきました。

■30キロのスタート地点を通過

少しして、人が詰まって来たなと思ったら30キロのスタート地点です。
スターターの台の上には、吉田沙保里さんが手を振っており、みんな手を振ったり、写真を撮ったりしています。

10スタート地点
<スタート地点の看板>

11スターターの吉田沙保理さん
<ゲストの吉田沙保里さん>

号砲からここまで約12分、いよいよ30キロのスタートです。
(タイムは、ここから5キロごとに各自のゼッケンについているセンサーで自動計測されます)
しばらくは人がばらけず、歩くのに近いペースで走っていきます。
このスローペースがいい準備運動になる、と雑誌に書いていたのですがその通りです。

沿道には、多くの方が声援をおくってくれます。また、「太鼓」のグループが4つぐらい、ほどよい距離をおいて応援をしてくれます。
ランナーを鼓舞する力強い音、そしてかっこいい衣装を身につけた叩き手が、気分を盛り上げます。
私も、今から楽器をするとしたら太鼓がいいなと思いました。

12たいこ
<太鼓の応援>

また、私設エイドというのですが、近所に住んでいる人や、企業が食べ物や給水、エアーサロンパスなどを用意してくれたりしています。
それがたくさんあるのが青梅マラソンの特徴らしいのです。

13給水
<給水の私設エイド>

無理して追いぬいたりして疲れないように、周りのペースに合わせながら進んでいきます。
10キロが近づいたあたりで、道路の左半分に誘導されていきます。
早くの先頭ランナーたちは折り返し点を過ぎて、20キロに近づいているのです。
誘導の白バイが来たと思ったら、先頭集団の数人が走ってきました。軽やかで力強く、走り抜けていきます。
ここからは道の半分を往路と復路が使います。

14トップの選手とすれ違う
<トップ選手とすれ違う>

さらにしばらく走ると「御嶽駅(みたけえき)」です。山岳信仰と宿坊で有名な御岳山(みたけさん)の最寄駅です。
青梅線で移動しながら家族を応援する方もいるのでしょう。駅から多くの方が応援してくださいます。

15御嶽駅
<御嶽駅>

そこから、しばらく行くと道の上に折り返し地点の看板が見えてきました。

16折り返し看板
<折り返し看板>

17折り返し点
<折り返し点>

そしてさらに少し行くと、全体の半分15キロ地点です。

18タイム計測
<15キロ地点>

これまでの練習でも、最高15キロしか走ったことはなく、しかもそのときはボロボロになったのに、今日は余力があり、膝の痛みなどもありません。
時間を見るとスタート地点から1時間半ちょっと。
目標は4時間以内の完走だったのですが、もしかして3時間が切れるのではと欲が出てきます。

このあたりから、楽しいランニングから、タイムに追われた必死の走りに変わっていきます。
ただ、そんな中でも癒されるのが、「美しい景色」と「私設エイドや沿道からの差し入れ」です。
沿道から、「がんばって」と言いながら、チョコレートや飴を配ってくれる笑顔の子供たちを始めとしたみなさんには元気づけられます。
エネルギー切れをしないためには早めに糖分補給と思い、「ありがとう」とチョコや飴をもらっては、ほおばり続けます。
レモン、ラムネ菓子、おまんじゅう、梅干し(青梅だけに名産品)と、何でももらって口に入れます。水分補給も何度もします。

19渓流
<美しい渓流>

オーバーペースにならないぎりぎりで走り続け、脚の筋肉は痛いし、さらに爪も痛く、「止まりたい、いや止まったら2度と走れない」「もう少し、もう少し」と走ります。
周りで一緒に走る人たちと、声援を送ってくれる人たちがいるから、止まらずに走れます。
一人だったらとっくにやめています。

20キロあたりからは1キロ1キロが長く、特に最後の5キロは気持ちで走った感じです。
(気持ちで走るなんてサッカー部にいた高校のとき以来でしょう。)
そして、ついにゴール。
号砲から3時間10分53秒、スタート地点から2時間59分1秒(ネットタイムといいます)でした。
天候、体調、ペース配分など、いい条件が揃ったうえで限界まで力を出した自分のベストタイムだと思います。

20ゴール地点
<ゴール地点>

21ゴール直後
<ゴール直後>

痛みに耐えながら、体育館に入っていくと、藤野さんはすでに荷物置き場のところに戻ってきて、走友会の方と談笑していました。
タイムは2時間40分ぐらいで、もう少しうまく走れたと反省しつつも、爽やかでした。

限界を超えて走った私の体は、脚全体からお尻にかけて筋肉痛というよりも、負傷しているような痛みです。
脚はうまく曲がらず、普通に歩くのもぎこちないです。座ったとたん太ももがつったりします。
爪も黒くはがれそうになっています。

走りきった満足感と、ずたずたになった体をかかえて駅に向かいます。
普通に歩いている人も多いですが、私と同じように動きがスローな人や、駅の階段を手すりに頼って降りる人なども結構います。

なんとか家にたどりついても、食欲はなく、ビールを飲みたいとも思いませんでした。
それでも軽く食べて、夜8時ぐらいにはテレビを見ながら寝てしまい、そのまま朝までぐっすりでした。

■最後に

かつては「走るのはレースでなくてもいいのでは」と思っていました。でも、40歳を超えて初めてレースを走り、レースは練習のモチベーションになるだけでなく、自分の本気の力を試し、喜びや悔しさを感じさせてくれるところなのだと思いました。
(今回は悔しさはありませんでしたが)

私はかつて、マラソンで42キロも走るのは、特別な人の過酷なスポーツだと思っていました。
でも、中高年から始めても記録を伸ばせる、生涯スポーツとして定着している理由も少し分った気がします。
「マラソンの走り方」というのがあり、その人なりの体力に合わせた走り方をすれば、特別な人でなくても十分できるのだなと思いました。

ただ、記録を伸ばすことにこだわりすぎたり、無理をすると苦しそうです。
私自身、楽しく走ることを第一に、そしてできたら早く走れるように、これからも練習したり、工夫したいなと思いました。

次は、今年の秋にフルマラソン完走を目標にします。
今回はできなかった体重ダウンも少しは達成して、のぞみたいと思います。

読んでいただき、ありがとうございます。
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