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『からだにいいこと』は全国の書店で、毎月16日(近畿・東海は15日)に好評発売中!ダイエット・健康の情報をはじめ、編集部が最近気になっていることを気ままにレポートします!
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南三陸町の戸倉中学校仮設で「ふくらはぎマッサージ」

こんにちは。山下亮です。
6月1日(土)に、南三陸町に3回目のふくらはぎマッサージに行ってきました。
今回は、『からだにいいこと』編集部の宇野・釼持・高橋と息子絢(しゅん)君、そして私の5人で行ってきました。

5月31日(金)の仕事が終わったら、車に乗って東京を出発です。
運転を交代しながら、朝の7時ごろに南三陸町に到着。町をひとまわりして、今回の会場、戸倉中学校仮設住宅に行きました。中学校の校庭に60戸強の仮設住宅があります。

戸倉中学校は、南三陸町の海岸の近くで、海から15mぐらに高台で、景色がとてもきれいに見えるところにあります。この高さにも津波が押し寄せてきて、しゃれたデザインの校舎も体育館も津波の被害にあいました。

1戸倉中学校
<戸倉中学校の校舎>

2戸倉中学校仮設
<戸倉中学校の仮設住宅>

到着したら、まずは今回のボランティアの準備や事前にチラシを配るなど、お世話になっている佐藤由和さんに電話をして開場の集会場に案内をしてもらいました。佐藤さんは被災者でここの仮設に住んでいるのですが、南三陸町仮設支援クラブを作って、近くの仮設住宅に住んでいる方も合わせて花見や買い物などのイベントを開催したり、各地から来る様々なボランティアとの連絡役などを引き受けてらっしゃいます。
これまでと同じく、仙台の教会の中澤さんに佐藤さんを紹介をしてもらいました。

集会場は、我々がマッサージするには十分の広さの20畳ぐらいの集会場です。早速準備開始です。施術場所や受付、待つところなどを作って行きます。ほぼ準備ができて、今日はどれぐらいの方が来るかなと話をしていたところ、9時半前には最初の方がお越しになりました。
予定より少し早いのですが、これまでの経験から午前中に多くの方が来ると思いましたので、9時半から開始です。3ヵ所の施術場所を作って、4人が順番にマッサージをしてきます。絢君はマッサージが終わった方にお茶とお菓子をお出しする係です。

10時前には、NPOみらい南三陸という仮設住宅のお母さんたちの団体の代表である下山うめよさんが、別の仮設住宅の方と一緒に来て下さいました。
NPOでは、女性のみなさんが集まって、地元のワカメを販売したり、手作りのバッグを作ったりしていること、被災者の手記をまとめた「南三陸町からの手紙」という本を出版した話などをしてくださいました。震災のことを風化させない、でも未来に向けて生活の礎をつくっていこうという気概を感じました。
そして、ふくらはぎマッサージも受けてもらいました。

■「NPOみらい南三陸」のHP(ワカメや書籍を買うこともできます)

■同HPの我々の訪問したときの報告ページ

4みらい南三陸代表下山さん
<みらい南三陸の下山さん(中)>

順々に仮設住宅にお住まいの方が来てくださいます。3つの施術場所はフル稼働です。

小学生のこどもたちも遊びに来てくれました。絢君は一緒にゲームをしたりして遊びます。集会所は小さい子供たちの遊び場にもなっているようなのですが、公園などは再建の順番からまだまだのようで、外で遊べるところが少ないようで、遊び盛りの子供たちはつらいなと思いました。

昼ごろに少し人が減りましたが、中学生のしっかり者の女の子の案内で、絢君は案内チラシを配ったりして、それを見てまた来てださったりと昼過ぎからも続々と来て下さいました。

3マッサージ風景
<マッサージ風景>

午後2時ごろには、南三陸町の歌津から、ママサークル『もこもこ』の代表の高橋志保さんがメンバー2名と一緒に「ふくらはぎマッサージ」の見学に来て下さいました。3人とも小さなお子さんや赤ちゃんも一緒です。サークルは、ママがより働きやすい状況を作ったり、生活や仕事の情報交換をしていて30名ぐらいの方がいるそうです。

その活動の中で、「ふくらはぎマッサージ」が仕事やコミュニケーションに役立つかもしれないということで、見に来て下さいました。高橋さんたちに説明したり、実施に施術をしたり、それを動画に撮ってもらったりしました。今後すぐにということはないかもしれませんが、知ってもらうことで、今後役立つときが来るかもと思います。

ちなみに、高橋さんを知ったのは、前回3月に南三陸町に来たときに、宿の下道荘の風呂で出会ったCCC(TSUTAYAの会社)で支援活動をしている平本さんの紹介です。
私としても自分たちが行ってするだけでなく、南三陸町に住んでいる方々が、お互いの健康やコミュニケーションに役立ててもらいたいという思いがあるので、こうして見に来てもらえるというのは、嬉しいことです。

6ママサークルにセミナー
<『もこもこ』の方に説明>

そんなこんなで30人を超える方々にマッサージをするとともに、いろいろとお話をすることができました。みなさん生活が厳しかったり、多くのことを抱えていると思いますが、それでも明るくいろいろお話をしてくだり、地元で採れたタケノコもいただいたりして、我々みんな元気をもらい、学ばせてもらい、とても充実した時間を過ごすことができました。

5マッサージ&談笑
<マッサージしながら談笑>

7佐藤さんと
<お世話になった佐藤さん(前列中)と>

その後、さんさん商店街に寄って買い物をして、下道荘に向かいました。

8モアイ
<さんさん商店街のモアイ像(チリ地震でつながりができたチリから寄贈)>

9下道荘
<下道荘>

翌朝は海岸沿いを被災地を見ながら石巻に向かい、「石巻まちなか復興マルシェ」という復興商店街に行きました。そこで、高橋は石巻にお住まいで、震災でお母さんを亡くされた、でも未来に向けて歩みだしている高校生の知り合いに会ったり、買い物をしたりしました。

10藤の花
<野生の藤の花が道沿いにたくさん咲いていました>

今回のボランティアでも、ひとりひとりの方と触れ合い、お話ができたり、笑い合ったりできて、とてもよかったです。そして、未来に向けて考え模索しながらも動き出している方々も素敵でした。

東京に帰ってから、「みらい南三陸」で販売しているワカメで、ワカメサラダを作って食べました。やわらかく、しなやかで、とてもおいしかったです。
ワカメは栄養たっぷりのからだにいい食材ですので、お好きな方は、上のHPから通販で買ってみてくださいね。

長文を読んでいただき、ありがとうございました。
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登米市に「ふくらはぎマッサージ」に行ってきました

こんにちは。山下亮です。
3月末に、2回目の「ふくらはぎマッサージボランティア」に宮城県の登米市に行ってきました。

今回は、『からだにいいこと』とコラボしていて、サロンマイルプレミアムというヘアサロンの会員システムを運営しているイデアシステムの社長郡谷さん、福品さん、根木さんと私の4人で行きました。

29日(金)22時に新宿に集合、そこから車で宮城へ。
運転を変わったり、仮眠をしながら、朝6時すぎに南三陸町に到着。登米市の仮設住宅に行く前に、いらっしゃる方々が住んでいた南三陸町の被災状況を見ます。多くの建物が解体されたり、がれきも移動してほとんど更地になっている街を見て回ります。防災対策庁舎が被災の象徴として残されています。

コンビニで朝食を買って、休憩がてら食べたら、いよいよ、登米町の「登米イオン跡地」にある仮設住宅に向かいます。南三陸町の方が住んでいる仮設住宅としては最大で350戸もあります。

南三陸町から車で40分ぐらい走り、8時半ごろに到着しました。
10時からマッサージを開始するので、少し早めに到着。仮設住宅に入ったら、ほどなく会場の第2集会所が見つかりました。
早速、仮設住宅の半分の自治会長をしている佐藤さんに電話をして、集会所を開けていただきました。

1仮設住宅
<仮設住宅>

2仮設住宅の集会所
<仮設住宅の集会所>

3佐藤さん
<佐藤さんと私>

佐藤さんには、事前にお送りした「ふくらはぎマッサージ」の案内を住んでいるみなさんに配っていただくなどの準備をしていただいていました。
佐藤さんは、前回と同じく、クリスチャンセンター南三陸町の責任者である中澤竜生さんに紹介をしてもらいました。

集会所に入ってみると、カーペットが敷かれた広い会場です。3人が同時にふくらはぎマッサージをするのに十分なスペースがあります。施術するときに下に敷く座布団もたくさんあるし、持ってくるのを忘れたと思っていたBGMを流すラジカセもありました。しかも、6畳ぐらいの和室も隣にあります。

ということで、会場はばっちりです。
9時すぎには、施術場所、待つ場所、受付などの準備をして、佐藤さんの奥様が入れてくださったコーヒーを飲んだりして、仮設住宅での生活の話を聞いたりしながら、どれぐらいの方が来てくださるかなと思いながら、10時までゆっくりしようと思っていました。

そしたら、扉がひらいて、「おはようございます」と、おばあちゃんが入ってきました。9時30分前です。続いて年配の男性の方が。「待ってるから大丈夫よ」とおっしゃっていただきましたが、もう準備はできているし、1人でもたくさんの方にしたいので「もう大丈夫ですよ。早速始めます。」と、おもむろに「ふくらはぎマッサージボランティア」が開始しました。

それから昼過ぎまで、数人が待っていただくような状態が続き、我々4人で3人が順番に施術し、1名が受付をしたり待っている方とお話をするようなシフトで、進めていきます。
年配の方が多いので、自分の祖父母にするようなつもりでやろうということで、お一人お一人に心を込めてマッサージをします。気持ちいいよと言っていただいたり、すっかり寝てしまわれる方もいらっしゃって、それが我々の自信になり、またやる気を高めてくれます。

昼ごろは少し減りましたが、15時ごろからはまた連続で来ていただき、16時すぎに終了しました。
全部で30人(女性19人、男性11人)の方に来て頂きました。

5ふくらはぎ風景2
6ふくらはぎもみ風景1
<ふくらはぎもみ風景>

7おばあちゃんの話を聞く
8元気なおばあちゃん
<おばあちゃんの話を聞く>

9ねぎを持たせる根木さん
<ねぎを持たせる根木さん>

1ヵ月ぐらい前に南三陸町で「ふくらはぎマッサージ」に行こうと決めて、みんなで練習をして、今日まで、「たくさんの人が来てくれるかな?」「マッサージはうまくできるかな?」「どんな話をしたらいいかな?」「震災のことはどこまで話をしていいのかな?」と、不安がいろいろありましたが、満足してもらえたり、気さくにいろんなお話もでき、多くの笑いもあり、充実した時間を過ごすことができました。

70歳代、80歳代の方も多かったのですが、来て頂いた方はお元気な方が多く、我々もこういった年の取り方をしたいと思ったりしました。ただ、来られなかった方にも、お役に立てる方もいたのだろうなとも思いました。

4今回のメンバー
<充実した時間を過ごした4人>

片づけをして、南三陸町に戻ります。仮設商店街さんさん商店街で買い物をして、今日の宿「下道荘」に。
宿では、不安を越えた充実感を感じながら、温かいお風呂にゆっくり入り、たまらなくおいしいビールと、最高の海の幸をいただき、ゆっくりくつろぎました。

10下道荘
<下道荘>

翌朝、朝食を食べて、8時ごろに宿を出て、被災地を見ながら海沿いを南下します。
南三陸町のがれき処理の大きなプラントの横を通り、震災から2年経ってがれきは減っていますが、復興まではまだまだ長い道のりだなと感じながら進みます。

しばらく行くと、多くの生徒と先生が犠牲になった大川小学校につきました。
被災した小学校の前に祭壇が設けられています。花を手向けて手を合わせます。破壊された小学校の教室や廊下、手洗い場などが残されています。勉強したり、遊んだり、走りまわったりする子供たち、そして、授業をしたり、見守る先生たちの残像が見えるようです。

11大川小学校
<大川小学校>

続いて、雄勝町へ。雄勝小学校は建物の構造物だけが残り、中は津波で流されています。1階の職員室の黒板にチョークで書かれた3月11日(金)の日付けがそのまま残っています。

12雄勝小学校
13雄勝小学校職員室
<雄勝小学校>

そして女川町へ。女川の町が一望できる女川町立病院がある高台に行きます。
そこにある仮設のコミュニティカフェ「おちゃっこクラブ」でコーヒーを飲みました。大震災のことを伝える写真集や、女川町を応援するグッズなどがたくさんあります。マスターがいらっしゃって、津波がきたときのことや、津波がひいた後の避難生活のことをお話してくださいました。津波が何度も何度も押し寄せたこと、お年寄りを助けるために車を走らせて津波に流されたタクシーの運転者のこと、津波の後にハエが全身を覆うぐらいに異常発生したことなど、想像を超えることに言葉がありません。

14女川のおちゃっこクラブのマスター
<おちゃっこクラブのマスター>

そのころ、雪が舞ってきました。

石巻を通り、松島へ。松島で少し散歩して、牡蠣カレーパンやイカ焼などを食べたり、おみやげを買ったりして、昼過ぎには東京に向けて出発しました。

大震災から2年、プレハブの仮設住宅は被災地全体で約4万8000戸、賃貸住宅などを借り上げたみなし仮設住宅を合わせると約11万8000戸で、28万人以上が住んでいるようです。
仮設住宅に住む期間は、当初2年の予定が、現在は4年に延長されています。

仮設住宅に住んでいる方々みんなが、自分の家に落ち着けるときまで、そして、大切な人を失ったり、身近な人を助けることができたかもしれないといった、心の痛みが長い時間をかけて癒やされていくまで、大震災はまだまだ続いていると思いました。
また行こうと思います。

「ふくらはぎマッサージ」ボランティアに行ってきました

こんにちは。山下亮です。
前回の続きです。
いよいよ「ふくらはぎマッサージ」ボランティア実行の日がきました。

9月14日(金)の夜10時ごろに出発して、南三陸町へ。
途中、仮眠をしながら、朝6時ごろに到着。
こちらは涼しいと思っていましたが、意外と暑くて東京とそれほど変わらないです。
ただ、時たま吹く海からの風は涼しくて気持ちいいです。

朝8時頃にクリスチャンセンター南三陸町に到着。
今日はセンターのちからさんと中澤さんが一緒に来てくださるとのことです。
また、ちょうど兵庫県加古川市からのクリスチャンセンターのバスツアーの方が20人ぐらい来ており、午前中は声かけのお手伝いをしていただけることになりました。

9時頃に、車で数分のところにある志津川高校に移動。
学校のグラウンドに仮設住宅が約60戸と集会所がありました。
それでも残りのグラウンドでサッカーの試合をしていたので、とても広いグラウンドです。

1手前の集会所と仮設住宅
<集会所(手前)と仮設住宅>

2仮設住宅から見た被災地と海
<仮設住宅から見える風景>

■まずは会場づくり

さて、マッサージをするOさん、Kさん、私の3人と中澤さんは、今回お世話になった自治会長の方にご挨拶をして、集会所に入りました。
広さは12畳ぐらいでしょうか。
下は畳で、3人が横になってマッサージをするスペースは十分あります。横になっていただいてマッサージをするので、畳がベストなのです。完璧といっていい素晴らしい会場です。

座布団を並べてその上にシーツをひいてベッドをつくります。
そして、自分でマッサージをする方法を書いた紙、持って行ったお菓子、クリスチャンセンターにいただいた飲み物を用意して、BGMの音楽をかけて準備完了です。

加古川から来た方々にも説明をしました。みなさんで仮設住宅を1件1件訪問して、呼びかけてくださいます。
そして希望する方がいたら、すぐか、もしくは時間を予約してもらいます。

■「ふくらはぎマッサージ」ボランティア開始!

「来てくれるかな?」と少し緊張しましたが、事前に配ってもらっていたチラシを見た方が10時前にいらっしゃいました。70代ぐらいの女性の方です。
始まったら、お一人お一人、丁寧に心をこめてマッサージをするだけです。

それから、本当に呼びかけのおかげで次々と来ていただき、午前中は我々3人ともほぼフル稼働です。
来てくれた方は、60-70代ぐらいの男女が多いですが、20代の男性や40歳ぐらいの男女など、いろいろです。

3-1施術風景
3-2施術2
<マッサージ風景>

1人30分ぐらいずつかけて両脚のひざから下を丁寧にマッサージします。
マッサージ中にそのまま寝る方もいますし、腰が悪かったり肩こりがひどいなど体調の話をする方、そして震災時にたまたま仙台の病院に入院していて助かったことなど震災のときの話、かつてやっていた漁師時代の話など、マッサージしながら、マッサージのあとに話をしたりします。

途中からはお母さんに連れられた子供や、クリスチャンセンターの方を知っている近所の子供も出入りしてにぎやかです。

お昼になり、加古川からの方々はここで終了で別のところに行かれます。この方々の力で午後の予約も入れていただいており、大変ありがたかったです。待っているだけでは、これほど来てくださらなかったでしょう。

順次、昼の休憩をしつつ午後に入りました。
午後は午前ほどいっぱいではなかったので、脚だけではなく、肩も揉んだり、仮設住宅にいる方と雑談などもいろいろしました。
復興に向けてなかなか進まないこと、仮設住宅の後の住まいのことなど、なかなか先が見えないというのが言葉の端々で感じるのですが、そんな中でもみなさん明るく話をしてくださって、楽しい時間を過ごせました。

16時前になり終了しました。
今日は全部で19人の方が来てくださいました。
多くの方が気持よかったと笑顔で言ってくださったり、お話がたくさんできたのは嬉しかったです。
仮設住宅の方々の継続した健康に少しでもつながってほしいと思いました。

その後、クリスチャンセンターに戻り、クリスチャンセンターの方にも「ふくらはぎもみ」を実感して、方法を知ってもらうべく、翌日の朝に来ることを約束して、民宿「松波荘」に向かいました。

■2日目はクリスチャンセンターのスタッフに

朝、3人で再びクリスチャンセンターに行きました。

今日は、クリスチャンセンターのスタッフ4人のふくらはぎもみをします。
昨日と同じように1人30分ぐらいをかけてゆっくりもみます。
みなさん30歳前後で若いですが、結構堅かったりして、少し押すだけで痛かったりする人もいます。
途中からは、スタッフの方ももむ練習をしてみたり、ワイワイ言いながらやっていましたが、みなさん明るくて前向きな方ばかりです。
できたら、今後のクリスチャンセンターの現地支援のメニューに取れ入れてもらえると嬉しいと思いました。

5現地協力者の方にも施術
<支援スタッフの方を支援するマッサージ>

6みんなで記念撮影
<クリスチャンセンター内で記念撮影>

その後、毎度の「三陸町さんさん商店街」に行きました。今日は、静岡県の中学生たちのブラスバンドの演奏もあったり、観光客や、ボランティア参加者ら、とてもたくさんの人で賑わっていました。
いつもの魚屋さんで、岩牡蠣やタコを食べて、かき氷も食べて、新鮮なサンマや海苔、パン、かわいいタコのTシャツなどいろいろ買って、帰途につきました。

7ブラスバンド
<ブラスバンドの中学生たち(結構迫力があって感動)>

8新鮮な魚や貝
9焼き
<生もうまい、焼きもうまい>

10きりこ
<町中にたくさんある「きりこ」アート。メッセージがしみます>

思い立ってから半年で実現した、「ふくらはぎマッサージ」ボランティア、Oさんとの出会いで生まれ、明るくて楽しいKさんが仲間に加わり、心身健康堂やクリスチャンセンターのみなさんおかげで、無事に実施することができました。

また2回目をしたいと思います。
さらに何かプラスしてやりたいのですが、また考えていこうと思います。

ボランティアで「ふくらはぎマッサージ」をしたい

こんにちは。山下亮です。

昨年から今年にかけて、何度かボランティアに行き、溝をきれいにしたり、瓦礫の片付けなどをしてきて、今年の次のボランティアについてなんとなく考えていました。

1人1人の力は微力ながらも役立っている実感はある。
ボランティアを依頼した被災者の方とは直接に話をしたりもする。
しかし、もっと1対1で話を深くコミュニケーショをとったり、役立つことをしたい。
できたら、自分はからだにいいことを生業にしているので、健康に役立つ貢献がしたい。

…といったことです。

そんなときに、2月にこの「編集部きまま日記」を読んだOさんからブログにコメントをもらいました。内容は、「ブログをおもしろく読ませていただきました。自分も微力ながら支援やっています」といったことです。
ブログにコメントをいただいたので、お礼をと思いOさんのブログを見てみると、被災地やその支援の情報とともに熱いメッセージがあふれています。私もコメント欄にお礼と感想を書きました。

それをきっかけに、年齢が近いこともあってかメールでも意気投合し、3月頭に秋葉原で飲みました。
いろいろ話をして盛り上がるなかで、「なんかこれまでとは違う支援がしたい。」や、以前に福島で「ふくらはぎマッサージ」をしたことを離すと、「ふくらはぎはいい、一緒にやろう」ということになりました。

その後、落ち着いて考えても、ふくらはぎマッサージは、「やりやすくて、体を傷めるリスクが少なく、効果がある」ので、ボランティアにぴったりではという思いが強くなってきました。どうやってやるかしばらく考えていたのですが、実行にあたって2つの大きな課題があると思いました。

○1つは技術的なこと。今のままでは、効果的な施術はできないだけでなく、気をつけることが分からないし、質問を受けたときに的確に答えられません。

○2つめはどこでやるか。仮設住宅がどこにあるかは、南三陸町のHPに載っていましたが、どうすれば仮設住宅の責任者に連絡をとれるのか、会場のようなところはあるのかが分かりません。

■施術を学ぶ

以前の福島では、先生の見よう見まねで、何人かに施術のお手伝いをして、「ふくらはぎマッサージ」の効果を感じました。しかし一人で行ってできる技術も知識もありません。
そこで、福島に一緒に行った、お茶の水にある「心身健康堂」に行きました。
「ボランティアをしたいので、1日講習を受けたい」と鬼木先生と槙先生に話をしたところ、「素晴らしく価値あることだ。ただし、1日講習の技術では心もとない。4日コースで認定証を取ったほうがいい」と言われました。

私も「不安や施術される方のリスクをできるだけ減らしたい」「自信をもってやりたい」「からだにいいことを仕事をしていくのに他にも役立つかも」と思っていたところを見事につかれ、認定証コースを受けることにしました。

そして、7月と8月の週末に講習に行き、槙先生やスタッフの方に教わったり、他の受講生とマッサージをし合ったり、本で勉強したりして、技術と知識を得ていきました。
朝から夕方まで、何人かのふくらはぎをマッサージしてみて、一人一人の筋肉のつきかたが違い、硬かったり、柔らかかったり、押して痛い場所も人によって違うことが分かりました。強すぎず、弱すぎず、いい力加減で押すことの難しさを感じたり、自分の呼吸を合わせることで、痛みが少なくしっかり押せることなどが分ってきたりしました。

そして、認定試験を経て「ふくらはぎ療法師」の資格をいただきました。
あとは実戦経験です。

ふくらはぎもみ療法師認定
<師匠の槙先生と私>

「心身健康堂」HP

■ボランティアをする場所を決める

前回のブログに書いたように「クリスチャンセンター南三陸町」をみつけて連絡をとりました。
彼らは、現地に支援の拠点をつくったものの、何をどう支援するかは行動しながら見つけて行くとのことで、「支援の開拓者」といえます。

挨拶に行ったときに我々のしたいことを話すると、「どこでやるかを決めたり、事前のビラ配りをします」と力強く約束してくれました。そして希望の日程を伝えて帰りました。

そして数週間が経ったとき、「志津川高校の仮設住宅に決めました」という連絡をいただきました。仮設住宅の自治会長さんに話をつけてくれました。敷地内に集会場もあるということです。日程も9月15日(土)に決まりました。

開催の1週間ぐらい前に、仮設住宅で配ってもらう案内チラシを作って、クリスチャンセンターにお送りしました。

チラシイメージ
<案内チラシのイメージ>

「クリスチャンセンター南三陸町」HP

■「ふくらはぎマッサージ」ボランティア実行にあたり、一緒に行くOさん、その友人のKさんと3人で会って、現地でどうするかという話し合いや、ふくらはぎマッサージの練習などを行いました。

「集会場はどんなところかな?」「みんな来てくれるかな?」「喜んでくれるかな?」といろいろ考えますが、いくら考えてもやってみるまでは分かりません。
いよいよ実施です。

南三陸町で農業支援ボランティア

こんにちは。山下亮です。
7月20日(金)の夜に3度目の南三陸町ボランティアへ。
今回は、編集長の佐久間と、取引先の宮坂醸造の天川さんとその友人の高橋さん、そして私の友人の妻の木津さん(友人は仕事で来れず)の5人で車で行きました。5人中3人は初ボランティアです。

佐久間と2人で交互に運転をして、土曜日の早朝、南三陸町に入りました。
まずは町全体を見てみようということで、車でひと回りしました。
がれきの大きな山はまだありますが、大きな病院やマンションなどが、重機で順に取り壊されているところでした。また、更地になったところや、住宅などの土台だけが残っているところは草がたくさん生えており、草原のようになっていました。
漁港では、真新しい倉庫のような建物や製氷の大きな設備が少しずつできており、ようやく復興に向けて少しずつ進み始めた感じがします。

■農業ボランティア

その後、高台のボランティアセンターへ。
今日は大型バスが5台ぐらい来ていて、団体の方が200人ぐらいいるようでした。ただ、個人は少なくて15人ということでした。

今日の活動場所は、少し山のほうに入った農地です。
ビニールハウスで小松菜などを栽培していた方が、ビニールハウスが畑もろとも津波で流されてしまい、山の奥に新たにビニールハウスを作っているところです。

1ビニールハウス1
2ビニールハウス2
<活動場所のビニールハウス>

新しいビニールハウスはできているのですが、そこに入れた土が山から掘りだしたばかりのような土で小石だらけ。とてもそのまま農業用には使えません。とうも、被災者の足元につけこんで、質の悪い土を売っている業者があるようです。

我々の活動は畑の石を取り除くことです。ボランティア30人ぐらいが2つのビニールハウスに入り、土を掘り起こして、石を拾っていきます。2人がペアになり、端から順に一人が掘り返し、2人で石を拾い、バケツが重くなるとまとめて車に運ぶことをやり続けます。幸い、気温はそれほど高くなくて助かりました。みんな腰が痛くなったりしながらも、ひたすら手を動かし続けます。

休憩をはさみながら、2時間ほど活動したら昼休みです。畑の周辺の思い思いのところに座って、持ってきたおにぎりやパンなどを食べます。近くの人に「どこから来たんですか?」「何度も来ているのですか?」など話しかけると、これまでのボランティア体験を教えあったりして、結構盛り上がります。
山梨から来たイギリス人や、長野県から高速バスや新幹線、レンタカーを乗り継いで1人でやってきた女性など、いろんな方がいらっしゃいました。

昼休みをはさんで午後も2時間程度働きました。ビニールハウス内の半分弱ぐらいができました。続きは翌日以降のボランティアがやってくれるでしょう。
最後にみんなが集まって、今日の現場での指揮をしてくれたボランティアセンターのリーダー(この方々もボランティアです)の「まだまだボランティアを必要としている方がたくさんいらっしゃいます。また来てください。」といったお話があり、終了しました。
ボランティアセンターに戻って、活動報告書を提出して、本日のボランティアは終了です。

7ボランティアセンターの前で
<ボランティアセンターの前で>

■南三陸町さんさん商店街

次に、向かったのは、復興商店街の「南三陸町さんさん商店街」です。今日はちょっと人が少なめです。でもみんなで新鮮な貝や魚を食べたり、海藻やかまぼこなどのお土産を買ったりしました。その中でも、生の岩牡蠣やタコは絶品で、みんなで楽しく食べました。
それぞれのお店が工夫をこらしていたり、地元の特産品がいっぱいで、見て回るだけでもとても楽しい商店街です。

4さんさん商店街2
3さんさん商店街1
<南三陸町さんさん商店街>

夕方近くになってきて、次に行ったのは「クリスチャンセンター南三陸町」です。

■クリスチャンセンター南三陸町

私のボランティアの新展開として、一人一人の健康に役立つことや、話をするようなことをしたいと思い、「ふくらはぎもみ」をすることに決めたのですが、現地での実施をコーディネート(場所探しや責任者とのつなぎ)をしてくれるところをWEBで探していて、このクリスチャンセンターを見つけました。連絡をとったら快く引き受けてくださるということでした。そこで、この機会にお会いして、挨拶をすることにしました。

メールで連絡を取り合っていた代表の「ちからさん」にお会いしました。なんと、私の出身地でもある兵庫県加古川市のご出身ということがわかりました。すごい奇遇ですし、そんなに遠くから来ていたのかと驚きました。スタッフのみなさんもとてもフレンドリーで一緒にやっていきたいと思える方々で、改めていい方々と知り合うことができたと思いました。

10クリスチャンセンター
<クリスチャンセンター南三陸町>

■民宿に泊まる

その後、その日の宿、「民宿 松波荘」に向かいました。三陸海岸の美しい景色と、何もなくなった被災地が交互にあらわれる中を車で30分ぐらい走ると到着です。

部屋同士をふすまで仕切った、これぞ民宿という感じの宿です。我々以外は、復興に関わる仕事をしている方が泊まっていました。お風呂に順番に入り、晩ごはんです。新鮮な海の幸がたっぷり出てきます。うにのとげはまだ動いています。肉体労働をしたあとの疲れた体で、ビールを飲みつつ、食べて、話をして、とてもいい時間です。

8夕食
<晩ごはん>

食べ終えたら、眠気がせまってきて、9時前には寝てしまいました。

翌朝は、宿の近くにある観光地、「神割崎」を見に行きました。
その昔、村の境界争いに、神様が怒って岩を真っ二つに割ったという伝説がある名勝です。
太平洋の波が間断なく押し寄せ、潮の香り、波の音、岩と松の風景がいいです。

9神割崎
<神割崎>

■女川町へ

そこから、松島のほうに向かって、海岸沿いの道をいきます。4ヵ月前も同じ道を通りましたが、あまり大きく変わっていないように思えます。しばらく行くと女川町にでます。ここは前回は大きな瓦礫の山がありましたら、それが無くなっていて、建物の取り壊しも大分進んでいました。前回は通っただけでしたが、今回は港近くの高台に大きな女川町立病院があるのですが、そこに仮設商店街ができているということで、コーヒーを飲みにいきました。

高台は海からはほぼ垂直に18メートルぐらい(5階のビルの天井ぐらい)と下から見上げても相当高くて、みんなここに避難したのだなと思っていたのですが、実は高台においてもさらに2メートルぐらいまで波をかぶり、病院の1階は波が押し寄せ、亡くなった方もいたということでした。

5女川1
6女川2
<女川の中心部(高台から)>

高台からは、横倒しに転がった状態の4階建ぐらいのビルが2つ見えました。取り壊していないのは、震災の遺産として残すことを検討しているからかなと思いました。

それから石巻を通って松島に行って、観光と買物をして、東京に戻りました。
今回も新たな出会いと発見がありました。
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